『完訳グリム童話集(二)金田鬼一訳』その45
『死神の名づけ親(第一話)〈KHM44〉』
【あらすじ(要約)】
貧しい男に12人の子供がいました。
その子供たちにパンを食べさせるために昼も夜もなく働き続けました。
そこへ13人目の子供ができ、一番はじめに出会った人に名づけ親になってもらうことにしました。
最初に出会ったのは神様でした。
「私が子供に洗礼を授けよう。その子の面倒をみて、幸せにしよう」と言いました。
「どなたですか、あなたは」
「私は神様だよ」
「それでは、あなたを名づけ親にするのはやめだ」と男は言い「あなたは金持ちに物を与え、貧乏人が腹を減らしても知らん顔している」
男は、神様が富と貧乏を大きな目でうまく分配なさるのがわからないので、こんな口をきき、背中向け歩いて行きました。
そこへ悪魔がやってきて「何を探してるんだ。俺を名づけ親にすればその子に金貨をたくさんやったうえに、世の中の楽しみを与えてやるが」と言いました。
「どなたですか、あなたは」
「俺は悪魔だよ」
「それでは、名づけ親にするのはごめん被る」と男は言い「あなたは人を騙したり、そそのかしたりしますね」
それからまた進んで行くと、死神がやってきて「わしを名づけ親にしなよ」と言いました。
「どなたです、あなたは」
「わしは皆一様にする死神さ」
「あなたなら、金持ちでも貧乏人でも差別なしにさらっていきますね、あなたを名づけ親にお願いしましょう」
「お前の子供を金持ちで有名にしてやる。わしを友達にしたら、誰にでもそうしてやる決まりなのさ」
「次の日曜日が洗礼です。時間どおりに来てください」
死神は約束通り現れ名づけ親を務めました。
男の子が大きくなったとき、名づけ親が現れて、その子を森へ連れて行き、そこに生えている薬草を教えて「わしはおまえを評判の医者にしてやる。病人に呼ばれたら、そのたびわしが姿を見せよう。わしが病人の枕元に立っていたら、おまえは病人を治してあげますと立派に言え。それでこの薬草を飲ませれば病人は治る。だが、わしが病人の足元に立っていたら、病人はわしのものだ。おまえは、手の尽くしようがないと言うのだ。この薬草をわしの意志に背いた用い方をしないよう気を付けろ。そんなことをしたらおまえの身にとんでもないことが起こるかもしれないぞ」と言いました。
やがて、若者は世界中で最も名高い医者になりました。「あの医者はただ病人を見るだけで容体がわかる」という評判がたって、若者はたちまちお金持ちになりました。
そのうち、王様が病気にかかったことがありました。この医者が呼ばれ寝台のそばへ行ってみると、死神が病人の足元に立っていました。これでは例の薬草も役には立ちません。
「死神を騙せないか」と医者は考えました。「怒るだろうが、自分の名づけ親だから目をつぶってくれるだろ。やってみよう」
医者は病人を抱え、死神が病人の頭のほうに立つよう反対に寝かせました。いつもの薬草を飲ませると、王様は元気を取り戻し丈夫な体になりました。
死神は医者ところへやってきて怒った顔で「わしを騙したな。今度だけは大目に見てやる。わしの名づけ子だからな。だがもう一度やったら命はないぞ」と言いました。
ところがその後、王様のお姫様が大病にかかりました。姫は王様の一人娘で、王様は昼も夜も泣き通しました。
それで、姫の命を救ってくれるものがいたら、姫の婿にして王様の跡継ぎにするという布告を出しました。
医者が病人の寝床に行ったときには、死神は足のほうに見えました。
医者は名づけ親の警告を思い出したはずなのですが、姫が美しいのと、婿になれるという望みとに頭が痺れて、何も考えませんでした。
死神は怒った目つきで睨みつけました。手を高く振り上げ、握りこぶしで打つまねをしましたが、そんなことは目に入らず病人を抱き起こすと、足のあったほうへ頭を置きかえました。それから例の薬草を飲ませると、たちまち姫の頬に赤みが差し、命が新しく動き出しました。
死神は二度騙され「おまえはもうお陀仏だ。順番が回ってきたぞ」と言ったかと思うと、氷のような冷たい手で医者を掴んで、地面の下にあるほら穴へ連れ込みました。
そこには、数知れないほどの燈火が見渡すこともできないほど並んで灯っていました。大きいのも、中くらいのも、小さいのもあり、瞬きする間にいくつか消えると思うと、また別のが燃え上がるので、小さな炎は入れかわり立ちかわり、飛び跳ねているように見えます。
「どうだ!」と死神が声をかけました。「これは人間どもの命の燈火だ。大きいのは子供で、中くらいのは血気盛んな夫婦、小さいやつは爺さん婆さんのだ。といっても子供や若い者でも小さい灯りしか持ってないのがよくある」
「私の命の灯りを見せてください」
自分のはまだまだ大きいだろうと医者が言うと、死神は今にも消えそうな小さなろうそくの燃え残りを指差し「見なさい、これだよ」と言いました。
「こりゃあ、ひどい」と医者はぎょっとしました。「新しいのを点けてください、後生ですから。そうすれば生きていられる。王様になれる、美しい姫の婿になれるんですからね」
「わしの力には及ばないよ」と死神が答えました。「まず一つ消えてからでないと新しいのは燃え出さないのでな」
「それじゃ、古いのを新しいやつの上へのっけてください。古いやつが燃えちまえば新しいのがすぐに続いて燃え出すでしょう」と医者は泣きつきました。
死神は、その望みを聞き届けるようなふりをして、手を延ばして新しいろうそくを引き寄せました。けれども、もともと仕返しをするつもりなのですから、差し替えるときにわざとしくじって、小さなろうそくはひっくり返って消えました。その途端に医者は倒れて、今度は自分が死神の手に入ってしまったのです。
【ひとりごと】
運命を操ろうとする傲慢さによって自らを滅ぼしました。
「死」は、どんな人間にも、貧富の差や権力・地位・名声の有無に関係なく平等に訪れますからね。
まさに欲望や傲慢さがもたらす人間の結末と、運命や自然の摂理には逆らえないということを示していますね。
せっかく公平な死神を名づけ親に選び、成功や権力を得たのに一瞬の欲望で破滅。
なんか世間でもときどきこんな人いますよね。
