『完訳グリム童話集(二)金田鬼一訳』その47
『おやゆび太郎、修業の旅あるき〈KHM45〉』
あらすじ(要約)
仕立屋さんが息子を一人持っていました。息子は親指くらいの大きさしかないので、おや指太郎という名前がついていました。
けれども、太郎は勇ましい気性で父親に「ぼくは世の中へ出るように生まれついています」と言い出しました。
父親は長いかがり針をロウソクにかざし、針に蝋のたんこぶを一つこしらえました。「この刀をもって旅に出るがいい」
出掛ける段になって太郎は、もう一度一緒にご飯を食べるつもりで、母親がお別れにどんなご馳走をこしらえたのか台所へ行きました。
「お母さん、今日のご馳走は何ですか」
「自分で見てごらん」
太郎は覗き込み、首を伸ばし過ぎたので、料理から立ち上る湯気が太郎を捕まえ、外へ追い出してしまいました。
太郎は湯気に乗り空中をふわふわしていましたが、やっと一人で地面に下りました。
太郎はいよいよ広い世の中に出て、ある親方のところに住み込みましたが、食べ物がうまくありません。
「もう少し気の利いた食べ物をくださらないと」と、おや指太郎が言いました。「ここを飛び出して、明朝、表の戸に白墨でじゃがいもたくさん、肉少な、あばよじゃがいも王様って書きますよ」
おかみさんは太郎を引っ叩こうとしましたが、太郎はすばしっこく下へ這い込み、舌を出しました。
おかみさんが殴ろうとした途端、太郎は抽斗の中に飛び降りましたが、やっとのことで捕まえ、家から追い出してしまいました。
太郎は森で強盗に出くわしました。強盗は王様の宝物を盗もうと企んでいたので、ちびっ子なら鍵穴から潜り込んでくれるかもしれないと考え、「ゴ―リアットの大入道、一緒に御宝蔵へ行く気はないか」(ゴーリアットは旧約聖書に出てくる3メートル近くある大男で、ここではおや指太郎をからかった)
太郎は考えましたが、一緒に御宝蔵へ行きました。
太郎は戸を調べ、自分が入れるだけの割れ目を見つけました。入ろうとすると、戸の前に立つ二人の番兵のうち、一人が太郎に気付き「そこを這ってるやつ、なんて嫌らしい蜘蛛だ。踏み殺してくれる」と言いました。
「かわいそうに。君にどうもしてないじゃないか」ともう一人が言いました。
太郎は割れ目から中へ入ると、強盗どもの立っている頭の上の窓を開けて、銀貨を一枚ずつ外へ放り出しました。
その最中に王様が来る足音が聞こえたので、急いで物陰へ這い込みました。
王様は銀貨が足りないことに気付きましたが、錠前も閂もされ、監視も厳重なので盗み出した者がいるとは合点がいきません。
王様は蔵を出ると、番兵に「気をつけてくれ、金を狙ってるものがいるぞ」と言いました。
おや指太郎がまた仕事を始めると、お金の動く音が番兵の耳に入りました。番兵たちは泥棒を捕まえようとしましたが、番兵の来る音を聞きつけた太郎は、番兵より早く片隅に飛び込み、自分の体の上に銀貨を一枚のせて「ここにいるよ」とからかいました。
番兵を散々おもちゃにして御宝蔵の中をぐるぐる追い立てたので、番兵はヘトヘトになって行ってしまいました。
そうすると、太郎はまた銀貨を投げ出し、最後にはお金と一緒に窓から飛び降りました。
強盗どもは、おや指太郎を褒めて「おかしらになってくれませんか」と言いました。
けれども、太郎は断りました。強盗は獲物を分けましたが、太郎は十字架の付いている一銭銅貨を一つもらえばいいと言いました。それ以上持っていくことができなかったからです。
おや指太郎はそれから、あっちこっちの親方のところへ住み込んでみましたが、仕事がおもしろくないので、最後に宿屋に雇われました。
ところが、召使いの女どもは太郎が見えないのに、太郎には女どもが見えていて、お皿から何かを盗った、地下室から何を持ち出したのと、主人に告げ口をするので、皆太郎を嫌がっていました。
女どもは太郎にいたずらをすることにしました。
一人の女中が草刈りをしているときに、太郎が飛び回って草に這い上がったりしているのを見つけると、草を手早く刈り取り、太郎を大きな布でぐるぐる巻きにして、牝牛のいるところに投げ出してやりました。
すると、大きな牛が太郎を草と一緒に傷もつけず飲み込みました。
牛の乳が搾られたときに太郎は「手桶はもうじき一杯かい」と大声を張り上げましたが、乳を搾る音で聞こえません。
主人が牛小屋に入ってきて「明日はその牝牛をつぶすのだよ」と言いました。これを聞き太郎は心配になって「あたしを出してからにしてください。中にいるんですよ」と怒鳴りました。
言葉は確かに聞こえたのですが、どこから出たのか見当がつきません。
「どこにいるのだ」
「牛の中ですよ」
太郎は返事をしましたが、主人にはわからず行ってしまいました。
明朝、その牝牛がつぶされました。細かく刻み裂いたりしても包丁が当たらなかったのは幸いで、太郎はそのまま腸詰にする肉の中へ入り込んでしまいました。
肉屋がやってきて仕事をはじめたときには「切り過ぎちゃだめだ」と太郎は喚きました。
太郎は今度こそ大変なことになりましたが、かすり傷一つ負わずにすみました。
けれども、ソーセージの中へ詰め込まれるのをどうすることもできませんでした。
今度の居場所は、燻すために煙出しの中に吊るされました。冬になって太郎は下へ下ろされました。この腸詰が客に出されることになったからです。
おかみさんが腸詰を輪切りにし始めたので、太郎は頭を出し過ぎないよう気をつけ、外へ飛び出しました。
この家はひどい目にあったところですから、足を止める気はなく、すぐ修業の旅に出ました。
太郎は原っぱで狐の歩いている鼻先へ出たかと思うと、狐は太郎を咥えました。
「喉へ引っ掛かります。はなしてください」
「おまえなど食べたって何の足しにもならない。おまえの親父の鶏をくれるって約束したら逃がしてやるよ」
「みんなあげますよ」
狐は太郎を吐き出し、家へ運んでやりました。父親はかわいい息子が帰ってきたので、持ってる鶏を狐にやりました。
「お父さんにおみやげ持ってきた」おや指太郎は途中で儲けた一銭銅貨を渡しました。
「狐はどうしてひよっこなんかもらって食べたの。かわいそうだ」
「あんたのお父さんだって、飼ってる鶏より自分の子のほうがかわいいに決まってるじゃないの」
ひとりごと
物語の展開が『おやゆびこぞう』(KHM37)に似ていますね。「こぞう」のほうは親孝行ですが、「太郎」は少し性格が悪いです。強盗に加担したり、住み込み先で意地悪をしたり、太郎は行いが良いとは言えませんね。でも私欲のないところが悪運の良さを引き寄せているのでしょうか。
積極性と強い気持ちを持つのはいいことですが、自らを律し、人を陥れず、正しいことへ進むことが大切。親の愛情を無駄にしないようにしなければいけませんね。
