『完訳グリム童話集(二)金田鬼一訳』その46
『死神の名付け親(第二話)』
【あらすじ(要約)】
貧しい男に息子が生まれましたが、ひどい貧乏なので名づけ親が見つかりません。
通りがかりの人が承知してくれるかもしれないと、大通りへ腰を下ろしました。
やってきたのは、気高い服装の美しい女です。貧乏人が頼んでみると請け合ってくれました。
「お名前を仰っていただきたい。あたくしは、みじめな暮らしをしておりますが、どなたか伺わないうちは、名づけ親になっていただく訳にいかないので」
「私は聖母マリアです」
「それでは、あなたには用がない」と男が答えました。「あなたの息子さんは、皆をえこひいきなく一様に扱うことをしない。さもなければ、私もこんなに貧乏で、不幸せなはずはないのさ」
聖母は通り過ぎました。
それから間まもなく来たのはまた女で、怖ろしい痩せっぽち、黒い面ぎぬに包まれていました。貧乏人が頼むと名づけ親になると約束しました。
「あなたはどなたですか」と男が言いました。「あたくしは他人から蔑まれ、情けない暮らしはしておりますが、あなたが正しいことをする方でなければ、名づけ親にはなっていただけませんので」
「あたしは死神だよ」
こう返事をするなり、黒いヴェールを後ろへ撥ねて、干からびた骸骨を見せました。「あなたなら大歓迎ですよ」と貧乏人が言いました。「あなたは誰にも正しい方で、差別なく、同じ扱いをする。是非、せがれの洗礼をやっていただきます」
死神は頼まれたとおりのことをして、それから男に言いました、
「おまえの息子が大きくなったら医者にしてやる。息子が病人に呼ばれるたび、あたしも出かけていく。あたしが病人の頭のそばに立っていたら病人は死ぬ。寝台の足のほうに立っていたら、病人はまだ死なないという証拠だから、そのつもりで手当てをすればいい」
青年は医者になりました。そして、名づけ親が枕もとに立っているのが見えると、もう病人は助からないと言って立ち去ります。名づけ親が足のほうに立っていると、いいかげんな処法をして、病人は治るのでした。医者は評判になって、名医ともてはやされ、お金持ちになりました。
ある日、医者は、お金持ちに呼ばれました。行ってみると、死神が枕もとに立っていたので、あなたは助からないと、病人に知らせました。お金持ちは助けてくださいと言って泣きました。命を救ってくださるなら、財産を全部差し上げます。家もあげます。地所もあげますと言ってきかないので、医者はとにかくやってみようと約束しました。召使いが多勢いたので、医者はその人たちに寝台を回させ、死神が足のそばに立つような向きにしました。死神は人さし指を上げて脅かしたまま消えてなくなりました。お金持ちは医者に欲しいだけ財産をあげました。
その後、長い間何もありませんでしたが、ある時、医者は、どこかのおじいさんに呼ばれたことがあります。入ると、死神が病人の頭すれすれのところに立っているのが目についたので、もう手遅れですと断って出ようとしました。
そうすると、おじいさんの娘がひれ伏して、一生のお願いですと頼みました。医者は、娘の美しい目を見つめると、胸が震えたのですが、さすがに死神の顔をもう一度潰す気にはなりません。
けれども、美しい娘の頼みはいじらしさを増して、医者の心に沁みわたり、老人は命を助けてくだされば、娘を差し上げますと言ってきかないので、医者もやむを得ず、もう一度思い切って無理なことをやりました。寝台を回してもらったのです。
死神は、また人さし指をあげて「三度目を気をつけろよ」と言いました。
医者は美しい娘を嫁にもらって幸せな日を送り、もう死神を出し抜くことはよそうと、固く心を決めました。
ところが、王様からお使が来ました。行ってみると、病人は虫の息で、死神は頭すれすれに立っており、家来たちが泣き悲しんでいます。
医者が、王様はお隠れになるのだときっぱり言いきると、家来たちは手当てをしてみてくれと頼むのですが、何と言われても聞き入れられません。そうすると、死にかかっている王様が起きあがって、わしが眠ったらすぐこの医者の首を撥ねろと番兵に命令しました。
家来たちは医者を押さえつけました。その目に映ったのは、剣を抜き医者の首を撥ねようと身構えている鎧を着た人の姿でした。医者は胆を潰しました。これでは死ぬことはさけられないと知って、どうせ死ぬなら、もう一度名づけ親を試してみようと腹を決め、寝台を回してもらいました。
〔ここで話はおしまいになっています。この話をした女の人は、王さまの命はすくわれた、お医者さんはいろいろずるいことを考えて死神の手からのがれた、それから王さまの後つぎにすえられたというだけで、これからさきのくわしいことは知らないのです。――訳者記〕
【ひとりごと】
第二話はメルヘン番号が付されていないので童話集から削除されていますが、第一話と対になっている構成ですね。
最後、詳細は分からないと記されていますが、王様を助けたあと、医者は死んでいません。第一話との相違点はいくつか見られますが、医者の迎える結末が大きな相違点ですね。
なぜ医者は助かったのか。物語を比較すると、死神への誠実さと、欲深さの違いはあるかもしれないけど、さらに大きな違いは死を受け入れていたかどうかでしょうか。
