【あらすじ&ひとりごと】
伊与原 新さんの『八月の銀の雪』を読みました。
伊与原さんの作品は初めてです。
本作品は、表題作の「八月の銀の雪」のほか、「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の全5作から構成される短編集です。
1作が5~60ページ程度なので時間の合間合間で読むことができます。
短編ごとにストーリーのつながりはありません。
「八月の銀の雪」は、就活中の理系大学生・堀川と、コンビニでバイトをするが不愛想で手際が悪い、地震を研究する大学院の奨学生・グエンが出会うことから始まる。
堀川はグエンから、地球の中には内核があり、それは銀色に輝いているもう一つの星で、その星は鉄の木の銀色の森であり、その森には銀色の雪が降っているかもしれないと聞かされる。
口下手な堀川は、うまく話せなくても耳を澄ませ、人の奥深いところに静かに降り積もる音を聞き取り、人を表面で判断しがちだった自分に気づく。
どの作品もとても素敵で、「十万年の西風」では過去の戦争で使用された風船爆弾を題材としたストーリーで、ウクライナの戦争を重ね合わせて読みました。
それぞれの短編に共通するものは、科学が道を失った主人公を導き、傷ついた心に希望をもたらしていく。
そこには、他愛もない、どこにでもある日常生活に焦点をあて、どう生きればいいか悩む人たちが、見知らぬ人と些細なことで出会い、勇気づけられる。
そして、前を向いて生きていこうと思わせてくれる運命的な出会いが、今の世の中を思うととても素敵だなぁと思いました。
人を傷つけるのが人なら、また人を救い、守ってくれるのもやはり人なのだと改めて感じました。
人との付き合いが希薄になっている現代において、本作品を読んで殊更心が温かくなりました。
新潮社(2020)