ふでモグラの気ままな日常

読書をこよなく好む早期退職した元公務員が、読んだ本の紹介を中心に、日頃気づいたことや感じたことなどについて、気ままにひとりごとを発信する雑記ブログ

【読書】北沢陶『をんごく』ー 死を受け入れられない人間の未練と呪いの境界 ー

【あらすじ&ひとりごと】

 今回読んだのは、北沢陶さんのホラー小説『をんごく』(2023)

 死を受け入れられない人間の未練や執着が形を持ち、それが残っていることによって霊でも生者でもない”境界の存在”として現れたもの、「をんごく」。人間の欲と業の物語です。

 

 大正時代末期の大阪・船場。

 古瀬壮一郎は、老舗呉服屋の長男として生まれるが、姉の婿が店を継ぐことで、東京の美術学校を卒業し、画家として気楽な生活をしていた。

 卒業後も大阪に身の置き所がない壮一郎は、東京に留まっていたところに義兄から見合いの話がくる。

 結婚し一年が過ぎたとき、関東大震災に遭い、被災して大阪に戻ってくるが、そのときの怪我が原因で最愛の妻・倭子を亡くし、深い喪失の中で生きていた。

 倭子の死を受け入れられない壮一郎は、「もう一度妻に会いたい」という思いから、降霊を行う巫女を訪ねる。

 しかし、巫女から告げられたのは、”奥さんは死んでないかもしれない、普通の霊とは違う、気をつけろ”という不穏な言葉だった。

 

 

 呉服屋を継いだ義兄が、店を繁盛させたいという執念から始まった呪い。先祖代々、死の間際に願かけとして扇子に「商売繁盛」と書かせていた。

 そして、葬儀の際、”願ほどき”をしなければ、それに縛られ続け「遠国」には行けないのだということがわかります。

 繁栄という欲を誤った呪法によって満たそうとした罪ですね。

 死者をこの世に留めようとする行為は、呪いにもなり得る残酷な事実が物語の中に描かれています。

 

 

 倭子が亡くなる寸前、扇子に書き残した言葉。壮一郎の義兄に死の間際「商売繁盛」と扇子に記すよう強要されるも従わず、それは恨みでも執着でもなく、夫を気遣う深い情でした。

 壮一郎の未練は暴走していくけど、愛する人の死をどう受け止めるのか。他人事ではないことですね。

 『をんごく』は幽霊譚でありながら、喪失と執着の物語。相手を思う気持ちが深いほど、簡単に相手のためにならない形へと変わっていくのかも。

 

『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ』

 

 読み終えたあと、怖さより先に虚しさと切なさが残る一冊でしたね。