【あらすじ&ひとりごと】
今回読んだのは、三上幸四郎さんの江戸川乱歩賞作品『蒼天の鳥』(2023)
実在した女流作家・田中古代子を主人公に据え、史実を交え、フィクションとして大正時代の鳥取県を鮮やかに再現したミステリ作品です。
物語は大正13年夏、鳥取県から始まる。
「新しい女」として、女性の自立や自由を模索していた古代子は、娘・千鳥、内縁の夫・涌島義博とともに東京へ移り住むことを決意している。
転居を控えたある日、古代子と千鳥は鳥取座で活動写真『兇賊ジゴマ』を鑑賞するが、上映中、鳥取座で火災が発生。混乱の中、怪盗ジゴマを模した姿の人物が現れ、隣席の男を刺殺するという事件が起きる。
煙に包まれる劇場から命からがら逃げ延びた古代子と千鳥だが、その後も不審な出来事に巻き込まれていく。
実在した女流作家を主人公に据え、史実を土台にしながらもフィクションとして再構築し、大正末期の社会の息遣いを感じるおもしろい作品でした。
印象的なのは、やはり「ジゴマ」ですね。当時社会現象を巻き起こした怪盗像を現実の事件に重ねるというおもしろさ。
また、娘・千鳥も実在する人物ですが、その存在も頼もしい。物語の中では、母とともに謎へ向き合い、小学生ながらも切れ者。その母娘の絆が、ミステリに厚みを与えているように思いますね。
ただ乱歩賞作品だからと、バリバリのトリックや鮮烈などんでん返しがあると期待すると、少し外れてしまうかもしれませんが、”刺激”より、”人間の内面”に焦点を当てています。
事件の裏にあるのは、悪ではなく、誰の心にも潜みうる欲望や焦燥、そういった感情です。だからこそ、派手さはなくても静かな余韻が残るのかな。
三上幸四郎さんは鳥取県出身で、同郷に生きた実在人物を自分の作品に甦らせたかったのしょうね。
読後、胸に残るのは事件の謎よりも人間の哀しさでした。
田中古代子は、わずか38歳で自ら命を絶ったのですね。
娘の千鳥もまた、詩や作文を数多く残しながら、7歳で肺炎のため亡くなり、母とともに上京することは叶わなかった。
一昨年、鳥取県立図書館では、そんな二人の貴重な作品が展示されていたそう。
実際の言葉に触れることができたなら、この物語はまた違った重みをもって胸に迫ったに違いないですね。いつか機会があれば、ぜひ訪れてみたいと思います。
