【あらすじ&ひとりごと】
今回読んだのは、夏川草介さんの小説『スピノザの診察室』(2023)
医療がどれほど進歩しても、人は必ず死を迎えるけど、その中で「生きること」と「幸せとは何か」を問いかけてくる作品でした。
大学病院で将来を嘱望されていた医師・雄町哲郎は、妹の死をきっかけに大学病院を辞め、第一線を退いた。
新たに赴いたのは、京都の地域病院。そこは、病を”治す”ことよりも人生の終盤をどう生きるか、に向き合う終末期医療の現場だった。
哲郎は、高度医療の世界から離れ、日々患者と顔を合わせ言葉を交わし、医師ができることは必ずしも「治療」や「延命」だけではないということに次第に気付いていく。
本作を読みながら、何度も胸が熱くなり、同時に静かに立ち止まらされる思いがしました。
命と向き合い続けてきた著者(現役医師)だからこそ書ける言葉の一つひとつが、とても誠実で押し付けがましくないんです。
患者のそばに居続けること、話を聴くこと、同じ時間を共有することが、確かに誰かの救いになっている。その描かれ方がとてもやさしいです。
「人は無力な存在だから、互いに手を取り合わないと、たちまち無慈悲な世界に飲み込まれてしまう」
作中で語られるこの言葉は、医療の話でありながら、医師だけの問題ではなく、私たち一人ひとりの生き方の話でもありますね。
病気にならなくても、老いや別れ、喪失は誰にでも訪れます。そのとき、「何かをしてあげられなかった」と自分を責めがちですが、そばにいること自体がすでに大切な行為なのだと、この物語は教えてくれます。
タイトルの『スピノザの診察室』。
哲学者・スピノザは、「人間は無力な存在、だからこそ理解し合うことが必要だ」という。
哲郎の診察もまた「人の無力さを否定しない、絶望に突き落とさない」。でも、関わる意味はある。何もできなくても無ではない。スピノザの言う「理解による救済」なのでしょう。
「スピノザの診察室」とは、”病気を治す場所”ではなく、”人が自分の人生を理解し、受け入れるための場所、人生を肯定し直す場所”なのだと思います。
とても深い小説でした。
