【あらすじ&ひとりごと】
今回読んだのは、吉田篤弘さんの小説『月とコーヒー』(2019)
本作は、一話がおよそ4,000文字、原稿用紙10枚ほどの短い物語が24編収められた短編集です。
一話一話独立した作品でありながら、どこか同じ世界の空気をまとい、静かにつながっているようにも感じられますね。
物語の舞台となるのは、喫茶店〈ゴーゴリ〉や世界の果てのコインランドリー、夜の映画館、美術館、街角など、日常の延長にある場所。
でも、そこにはトランプから抜け出したジョーカーや、空から落ちてきた天使、青いインクをつくる青年、三人の年老いた泥棒など、不思議な人たちが当たり前のように暮らしている。
現実と幻想の世界が曖昧な世界で、忘れられたものや世界の中の片隅にいる人たちの小さくも味わい深い物語が静かに紡がれていく。
24編に共通するのは、ささやかな出来事や何気ない会話の中のやさしさや孤独、希望、それらがそっと描かれているところ。
何とも不思議な小説でした。
異空間なのか、異次元なのか、それとも夢の中なのか。読んでいるうちに現実と空想の境目がわからなくなり、それでも違和感なく物語の中を歩いている自分がいるんです。
一般的な小説のように、起承転結がきれいにまとまって終わる作品ではないんです。むしろ、「ここで終わり?」と思うところで物語は幕を閉じてしまいます。その先を説明することはなくて、続きはどうぞ読者の想像にお任せします、という感じ。
はじめは少し戸惑いましたが、何編か読み進めるうちにその余白こそがこの作品の魅力なのだと気付きました。続きを想像しながらページを閉じる時間まで含めて、一つの物語なんですね。
あとがきで吉田さんは、「一日の終わり、寝る前に読んでほしい」と書いています。先が気になって眠れなくなる話ではなく、「この先どうなるのだろう」と思いを巡らせているうちに、いつの間にか眠ってしまう。そんな思いを込めた作品だそうです。
そして、「月とコーヒー」というタイトルについても、生きていくためには太陽やパンほど必要ではないかもしれないけれど、日々を豊かに過ごすためには欠かせないものの象徴として語られています。まさにこの短編集そのものが、そんな存在なんだと感じましたね。
静かな夜にコーヒーを飲みながら、一話ずつゆっくり味わうにはこれ以上ない一冊。
読後も物語は心の中で静かに続き、まるで月明かりのような余韻だけがいつまでも残る作品でした。
