【あらすじ&ひとりごと】
今回は、東 亮太さんの『夜行奇談』(2023)
これは東さん本人が、何年もかけて収集した51話からなる怪談集です。各エピソードに鳥山石燕の妖怪図が描かれ、この得体の知れない話に敢えて「得体」として添えたそうです。
一話一話が短いですが、後半にいくにつれて背筋がゾクゾクする不気味なエピソードになっているような気がしますね。
暑い毎日が続いていますので、皆さんにもそんなゾクゾク感を感じてもらうため、短めの一話を紹介しますね。
「一度きりの話」
登山を趣味にしている、都内在住のUさんの話である。
夏に、I県の某山に登った時のことだ。
上級者向けのハードではあったが、頂上に着いた時の達成感は一入である。
頂を示す標識の横に立ち、絶景をカメラに収めてから一息ついていると、ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、大きな岩の陰に、一人のお婆さんが佇んでいる。
顔中にしわが刻まれた白髪のお婆さんで、草と泥で汚れた登山着姿で岩にもたれかかり、ニコニコ笑いながら、こちらを眺めている。
同じ登山者か――。
そう思ったものの、それにしては奇妙である。
この山は難所が多く、これほどの高齢者が山頂に至るのは、相当ハードルが高いはずだ。このお婆さんは、誰の助けもなしに、一人で登ってきたのだろうか。
不思議に思いながらも、Uさんは軽く会釈をした。
お婆さんはニコニコと笑みを浮かべたまま、無言である。
特に会話が始まることもなさそうだった。
やがて標識のそばに、他の登山者の一団が近づいてくるのが見えた。Uさんはその場を離れ、山を下りることにした。
お婆さんはニコニコと笑いながら、そんなUさんを無言で眺め続けていた。
それから数日が経ってのことだ。
すでに東京の自宅に戻っていたUさんが、夜更かしをしていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
夜中の二時を過ぎた時刻である。
何事かと思い、ドアスコープから覗いてみると、あの時のお婆さんが立っていた。
汚れた登山着姿で、やはりニコニコと笑っている。
―—なぜここに来たのか。
—―どうやってここが分かったのか。
―—そもそも、何者なのか。
わけが分からなすぎて不安を覚え、Uさんは無視を決め込んだ。
チャイムが鳴ったのはその一回だけだったが、お婆さんはそれから二時間が経っても、まだドアの外にいたそうだ。
しかし、明け方にはようやくいなくなり、その後、再び訪ねてきたことはないという。
一度きりの、奇妙な話—―である。

どうでしたか?こんな怪談が51話も収録されていますので、もっともっと怖いエピソードもありますよ。
もともと、ウェブ小説投稿サイト「カクヨム」で、東さんが趣味で収集して書いた怪談を公開していたそうです。
暑い夏の真夜中に静かな部屋で少し明かりを落として、読んでみてはいかがでしょうか。きっと体感温度がグッと下がると思います。
でも眠れなくなるかも、、、
