【ひとりごと】
母の四十九日法要と納骨を終え、一つの区切りを迎えたが、まだ大切なことが残っていた。
我が家は、菩提寺と墓地のある寺院が別。
祖母が亡くなってから、父、そして今回母と、長年お世話になってきた菩提寺で葬儀や年忌法要、お盆の棚経などをお願いしてきた。
一方、お墓は隣町のお寺の墓地にある。この墓地は、父が亡くなったとき檀家にならず管理料を納め墓地だけの使用でよいという了解のもとで購入した、と母から聞き記憶している。いわば霊園のようなところ。
ところが年月が経ち、今回の母の納骨に際して、墓地のあるお寺から「納骨は檀家の方に限っている。今後は法事や供養も含めて当寺でお願いできないか」との話が。
考えた末、当時の話を蒸し返して水掛け論を続けても、今後墓地を使用させてもらう以上、仏様にとっては何も良いことはないと思い、その話を了承した。
問題は、長年お世話になった菩提寺へどう説明すればいいか。悩んだが正直に事の成り行きを話し、感謝の気持ちを伝えた。
私なりにわずかだが御礼と手土産を用意していたが、住職からは、当寺では離檀料は20万円となっているとのこと。
私は、気持ちだけお礼を持参したが、20万円という額ではないため、一度持ち帰ることを伝え、手土産だけ渡して帰宅した。
長年お世話になったお寺に感謝をもって区切りをつけたいが、かといって葬儀、四十九日法要、納骨と出費が続き、さらに20万円を簡単には用意できない。
後日、改めて住職を訪ねた。
私は、お寺の考えは理解していることと、長年お世話になった感謝の気持ちも変わらないことを伝えた。
そして、離檀料20万円について、多少ご配慮いただけないか率直に話した。
すると、住職は少しも間を置かず、「お気持ちでいいですよ」と。
あまりにもあっさりした返事に拍子抜けしてしまった。
結局必要だったのは理屈ではなく、事情を正直に話し、感謝の気持ちを伝えること。それだけで十分だったのだと思う。
そして、離檀とは「縁を切ること」ではないのだと感じた。
これからはお墓のあるお寺で供養を続けていく。その大きな区切りを穏やかな気持ちで迎えることができた。
