【あらすじ&ひとりごと】
佐野広実さんの江戸川乱歩賞受賞作品『わたしが消える』を読みました。
佐野さんの作品は、以前一作品(『誰かがこの町で』)だけ読んだことがあり、テンポが軽快で読みやすくて、ストーリー展開が徐々に膨らんでいって頁が進むおもしろさでした。
序盤は身元不明の認知症患者の謎を追っていく些細なことから始まりますが、ストーリ―が進んでいくにつれて、裏に隠された大きな事件へと繋がっていきます。今回も佐野さんの描くミステリーの厚みに引き込まれました。
軽度認知障碍を宣告された元刑事・藤巻智彦。警察を辞めると同時に妻と離婚し、その後20年間、マンション管理人として勤めている。
別れた妻は3年前に亡くなり、大学生になる娘・祐美から一緒に住まないかと持ちかけられるが、藤巻は長い間離れていた娘にどう向き合えばいいか困惑が先に立ち、話を断る。
そんなとき、祐美から自身の研修先である介護施設に置き去りにされた老人の身元を調べてほしいと依頼される。
藤巻は、身元不明の老人の過去に迫っていくうちに、徐々に隠された恐るべき真相が明らかになっていくとともに、自身と祐美への危険が迫ってくる。
そして、かつて罠に嵌められ、警察官を懲戒免職に追い込まれた藤巻自身の過去も浮き彫りにされ、自身の感情と事件の真相が平行して進んでいく。
残された時間の中で刻一刻と現れはじめる認知症状と闘いながら、藤巻は老人の謎を追い、自分に何ができるのかという、鬼気迫るストーリーに引き込まれます。
老人の身元を探るという些細な謎から、ストーリーが進み終盤にかけては、警察組織への実態にまで大きく展開していくという非現実的なところは否めませんが、とてもおもしろい社会派ミステリーでした。
ラストに藤巻は自分の病状を打ち明けることができない中、祐美から20年間の亡き妻の思いを告げられ、目の前が揺らぎます。
後悔の中、これまでの空白を埋めてから「わたし」が消えていっても遅くはないという償いの思いが読後を爽やかにしました。