『完訳グリム童話集(一)金田鬼一訳』その33
『ちえ者エルゼ〈KHM34〉』
【あらすじ(要約】
ひとりの男がいて、娘がいました。娘は「ちえ者エルゼ」と言われていました。年頃になったので、父親は「結婚させよう」と言い、母親は「そうですね」と言いました。
やがて遠くからやってきた者がいました。ハンスという名前です。エルゼを嫁にほしいと言うのですが、評判どおりのちえ者ならば、という条件をつけました。「この娘なら、より糸が頭の中に入っていますよ(利口なこと)」と父親は言いました。すると母親は「この子は風が通り抜けるのが見えたり、ハエが咳をするのが聞こえたりしますよ」と言いました。
ハンスは「本当にちえ者でなければもらいません」と言いました。
みんなで食卓につき、食後母親が「地下室へ行ってビールを持ってきて」とエルゼに言いました。
エルゼは地下室へ下りると、椅子を持ってきて、樽の前に置きました。それから樽の飲み口を開けます。ビールが流れ込む間、壁を見上げ、あちらこちら眺めまわしているうちに、ちょうど自分の頭の上に、職人が置き忘れたつるはしが見えました。
これを見るとちえ者エルゼは「ハンスと結婚して、子供が生まれ、その子が大きくなる、その子を地下室へやって、ここでビールを出させる、するとあのつるはしが落ちてきて、子供をぶち殺す」と言って泣き出しました。これから先の不幸せを取り越し苦労してありったけの声で泣いていました。
上にいる人たちは飲み物を待っているのですが、ちえ者エルゼは戻ってきません。それで母親が女中に見てくるように言いました。
女中が行ってみるとエルゼは泣いていました。女中が聞くと、エルゼは「泣かずにいられない。ハンスと結婚して、子供が生まれ、その子が大きくなる、ここへ飲み物をつぎによこす、そうすると、あのつるはしが子供の頭に落ちて、子供をぶち殺す」
これを聞くと、女中は「なんてエルゼは利口なんでしょう」と言って、同じように泣き始めました。
しばらくたっても女中が戻ってこないし、上の人たちは飲み物が早く欲しくて、父親が召使い男に地下室へ行って、見てくるように言いました。
下男が下りて行くと、ちえ者エルゼと女中が泣いています。これを見て下男は聞きました。エルゼは「泣かずにいられない。ハンスと結婚して、子供が生まれ、その子が大きくなる、ここへ飲み物をつぎによこす、あのつるはしが頭の上へ落ちて、子供をぶち殺す」と言いました。
これを聞いて下男は「なんてエルゼは利口なんだろう」と言って、この男も泣き始めました。
上では下男を待っていましたが、いつまでたってもやってこないので、父親は母親に地下室へ行って見てきてくれと言いました。
母親が下りてみると、三人とも泣いていました。訳を聞くと、エルゼは同じことを答えます。それを聞くと母親も「なんてエルゼは利口なんでしょう」と言って一緒に泣きました。
上にいる父親は少し待っていましたが、母親は戻ってこず、喉の渇きはひどくなるばかりなので、自分が地下室へ行きます。
すると、みんな並んで泣いています。訳はというと、エルゼはまた同じこと答えます。つまり泣いているのは、まだ生まれない子供の所為だと聞かされたので、父親も「エルゼはなんて利口なんだ」と自分も一緒に泣きました。
婿は長い間一人で上にいましたが、誰も戻って来ないので、私を下で待っているのだろうと考えました。下りて行くと、五人そろって泣きわめき、悲んでいます。
「どんな不幸があったんですか?」と婿が聞いてみました。エルゼは「私たちが結婚し、子供が生まれ、大きくなって、たぶんここへ飲み物をとりにやらせ、そのときあの上に突き刺さっているつるはしが落ちて、子供の頭を砕くことがないとは言えないでしょう。泣かずにいられません」と言いました。
ハンスは「そのくらい頭が働けば十分です。あなたはちえ者エルゼだから、嫁にもらおう」と言いました。
結婚して少したってからのこと、ハンスは「俺は働きに出て金を稼いでくる。おまえは畑へ行って、麦を刈ってくれ。パンを作るから」と言いました。
ハンスが行ってしまうと、エルゼはおかゆを作り、畑へ持って行きました。畑へ着くと、「何をしよう。刈るのが先か、食べるのが先か。先に食べよう」
それからおかゆを食べ、お腹が膨れると、また「何をしよう。刈るのが先か、寝るのが先か。先に眠ることにする」
ひとり問答をして寝転がり寝てしまいました。
ハンスはとっくに家に帰っていましたが、エルゼは戻ってきません。「エルゼは利口もんだ。稼ぎもので飯を食いに帰ってもこない」
ハンスはひとりごとを言ってみましたが、夕方になってもまだ帰って来ないので、見に出かけきました。ところが、刈りとられたものは一本もなく、エルゼは寝ていました。
これを見ると、ハンスは急いで家に帰り、小さな鈴がたくさんついている鳥網を持ってきて、エルゼのからだを包んでおきましたが、それでも寝続けていました。
こうやっておいて、ハンスは家に帰り、戸締りをして、仕事をしていました。
やがて真っ暗になってから、ちえ者エルゼは目を覚ましましたが、起きあがるとからだの周りがかさこそして、一歩歩くたびに鈴がいくつもからんころんと鳴りました。
エルゼはぎょっとして、自分が本当にちえ者エルゼなのかわからなくなり、「私はちえ者エルゼなのかい?それとも違うのかい?」と口をきいてみました。けれども、それに何と答えていいかわかりません。
しばらく立ったまま迷っていましたが、やっとのことで「家へ帰って私がちえ者エルゼか、そうでないか聞いてみよう。うちのものなら知っているに違いない」と考えつきました。
エルゼは自分の家へかけつけました。けれども戸は錠が下りていました。窓をたたいて「ハンス、エルゼはうちにいますか」と叫びました。「うちにいるよ」とハンスが返事をしました。これを聞いてエルゼはぎょっとして、「そうすると私はエルゼではないんだわ」と言いました。
それから別の家に行きましたが、からんころんという鈴の音が聞こえると、戸を開けてくれないので、エルゼはどこにも入れませんでした。
エルゼは自分の村から駆け出してしまって、それきり誰もエルゼに会った人はいません。
【ひとりごと】
危険予知は大切なことですが、過ぎると怖いですね。もうこれは妄想ですからね。
でもエルゼは頭がいいのに働きません。賢いからですかね。そういう人は世間にいます。
最後は少しホラーっぽくて、お札をはる日本の怪談を思い出しました。
やはり家族は鈍感でも、家庭は明るく穏やかに暮らしたいですね。
ハンスは見限るのが早かったけど、少しエルゼが怖くなったのかもしれませんね。