『完訳グリム童話集(一)金田鬼一訳』その37
『おやゆびこぞう〈KHM37〉』
【あらすじ(要約)】
貧乏な百姓は日が暮れると囲炉裏端に腰を下ろして火をかきたて、おかみさんは糸を紡いでいました。
百姓が「子供がいないのは寂しい。よそのうちは賑やかだよ」と言いました。
「一人でもいい、小さく親指くらいでもいい、かわいがってやるのに」とおかみさんは返事をしました。
ところが、おかみさんは七月経つと子供を生みました。その子は体は満足ですが、大きさは親指くらいでした。
夫婦は「おやゆびこぞう」と名を付けました。
子は大きくなりませんでした。それでも聡明な目をしていて、賢く敏捷な子になり、やることは何でもうまくいくのでした。
ある日、百姓は森へ木を伐りにいく支度をして「誰か荷馬車を持ってきてくれるといいのだが」と言うと「荷馬車なら僕が持って行くよ」と、おやゆびこぞうが言いました。
百姓は「おまえみたいなちびっこじゃ、手綱がとれないよ」と言いました。
「母さんが車に馬をつないでくれさえすれば、僕は馬の耳に入って道を教えてやる」
母親は馬を車につなぎ、おやゆびこぞうを馬の耳に入れてやると、こぞうは掛け声をかけ馬を歩かせました。すると馬は正しい道を通って森へ向かっていくのです。
知らない男が二人やってきました。一人が「馬に掛け声を掛けているが馬方が見えない」と言いました。
「後をついて行って、止まるところを見てやれ」ともう一人が言いました。
荷馬車は森へ入り、木が伐られている場所へ着きました。こぞうは父親に「ちゃんと荷馬車を持ってきたでしょ」と呼びかけました。
二人の男は、おやゆびこぞうを見て呆れますが、やがて一人が「この豆ぞうを大きな町で見世物にしたら稼げるぞ。あいつを買おう」と言いました。
二人は百姓に「この小さい男を売ってください」と言いました。
「だめですよ、わしの大事な子でお金を積まれたって売り物にはできない」と父親は答えました。
ところが、おやゆびこぞうは聞いていたので、父親の肩の上に立って「僕を手放してください。きっと戻ってきます」と囁きました。
そこで父親はたくさんのお金を貰い、息子を二人の男に売り渡しました。
「どこに座る?」と二人はこぞうに言いました。
「おじさんたちの帽子の縁へ乗せてください。見物できていい。落ちたりしませんよ」
歩いていくうちに薄暗くなってきました。こぞうが「下ろしてよ。うんこがしたい」と言い出しました。
「いいから上にいなよ」と頭の上にこぞうを乗せている男が言いました。「上でやられたってへっちゃらだ。鳥だって俺の頭へ落とすことがあるし」
「だめだよ、早く下ろしておくれ」とこぞうが言いました。
男はこぞうを畑へ置きました。こぞうは野鼠の穴を探し出して中へ潜り込みました。
「ごきげんよう、僕に構わずお帰んなさい」と、こぞうは言って嘲笑いました。二人は鼠の穴へ杖を突っ込んでみましたが無駄でした。こぞうは、奥へ潜り込み、間もなく真っ暗になったので、二人は怒りながら空の財布を土産に帰っていきました。
二人が行ってしまったとわかると、こぞうは這い出してきて、カタツムリの殻にぶつかりました。
「この中で夜明かしすれば大丈夫だ」
こぞうは殻の中で寝ようとしたとき、二人の男の通りかかる足音が聞こえて、その一人が「あの金持ちの坊主から銭や銀の器をまきあげるにはどうしたらよかろう」と言っていました。
「そんなことなら、僕にいい知恵があるよ」と、こぞうが大きな声を出しました。
「誰か何とか言ったぞ」と泥棒が言いました。二人は耳をすませました。
すると、こぞうが「僕を連れておいで。手伝ってやるよ」と言いました。
「いったいどこにいるんだ」
「地べたを探してごらん、声がどこから出てくるか気を付けて見なよ」と、こぞうが返事をしました。
泥棒たちはこぞうを見つけ「なんてぇちびっこだ。どうやって俺たちを手伝うつもりだい」と言いました。
「僕が鉄の棒の間から坊主の部屋に這い込んで、おじさんたちの欲しいものを出してやるのさ」
「貴様のお手並みを拝見しよう」と泥棒が言いました。
坊主の家に着くと、こぞうは部屋の中に這い込み「ここにあるものみんな欲しいのか」と喚きました。
泥棒たちはびっくりして「小さい声で言えよ、家人が起きるといけない」と言いました。
しかし、こぞうはわからない振りをして、また「何が欲しいんだ。ここにあるもの皆欲しいのか」と、わあわあ言いました。
しかし、こぞうはわからない振りをして、また「何が欲しいんだ。ここにあるもの皆欲しいのか」と、わあわあ言いました。
隣の部屋に寝ていた料理番の女が聞きつけて、聞き耳をたてました。
泥棒たちは怖くなりましたが、度胸を据え直して「ちびっこめ、俺たちをからかうんだな」と考えました。二人は「今度は本気で何か持ち出してくれよ」と、こぞうに耳打ちしました。
すると、こぞうはまた大声を出して「何でもくれてやるぞ。遠慮なく手を突っ込んでくれ」と喚きたてました。
聞き耳を立てていた女中が戸口から入ってきました。泥棒たちはそこを逃げ出すと、一目散にかけ出しました。女中は、何も見当たらないので、灯りをつけに行きました。
すると、こぞうはまた大声を出して「何でもくれてやるぞ。遠慮なく手を突っ込んでくれ」と喚きたてました。
聞き耳を立てていた女中が戸口から入ってきました。泥棒たちはそこを逃げ出すと、一目散にかけ出しました。女中は、何も見当たらないので、灯りをつけに行きました。
灯りを持ってきた女中に見つからないように、こぞうは外へ出て納屋に隠れました。女中は隅々を探しましたが、何も見つからないので、夢を見たのだろうと思ってまた寝床へ入ってしまいました。
おやゆびこぞうは、乾草の中のうまい寝場所を見つけたので、夜明けまで休み、両親のところへ帰るつもりでした。しかし、とんでもない目にあうことになりました。
夜が明けると、女中は牛に飼餌をやりにきました。一番先にやってきたのは納屋で、ここで乾草をひとかかえ、それもよりによってその中にこぞうが寝ていたのを掴んだのです。
こぞうは寝ていたので気付かず、目が覚めたときには牛の口に入っていました。牛はこぞうを乾草と一緒にぱっくりやってしまったのです。
こぞうは大声をあげましたが、間もなくどこにいるのか見当がつきました。居場所がわかると、嚙みつぶされないように用心しなければなりませんでしたが、やがて乾草と一緒に胃袋の中へ滑り落ちない訳にはいきませんでした。
どう見ても、このお宿が気に入りません。困ったのは新しい乾草があとからあとから戸口から入ってきて、いるところがだんだん狭くなることでした。
こぞうはとうとう苦し紛れに「もう新しい飼餌を寄こしちゃいけない」と精一杯の声を張り上げました。
女中はちょうどお乳を搾っていましたが、人の姿が見えずに話だけ聞こえ、それが夜中に聞いたのと同じ声だったので、仰天して椅子から落ち、搾ったお乳をこぼしてしまいました。
女中は主人のところへ駆けつけて「牛が口をききました」と言いました。
「お前、気がふれたな」と坊主は答えましたが、自分で牛舎へ行ってみました。
ところが、中に踏み込んだ途端、おやゆびこぞうが「もう新しい飼餌を寄こしちゃいけない」と怒鳴りました。
これを聞くと、坊主は悪魔が牛にのり移ったに違いないと考えて、牛を殺すよう言いつけました。
牛は殺され、こぞうの潜り込んでいた胃袋は、放り出されました。こぞうはやっとのことで胃袋の中を通り抜け、頭を外へ出そうとした途端に新しい不幸が起こりました。お腹の減っている狼が駆けよって牛の胃袋をまるごと鵜呑みにしてしまったのです。
おやゆびこぞうは勇気を失わず、太鼓腹の中から「狼さん、君の好きな食べ物があるところを知ってるよ」と呼びかけてみました。
「どこでとれるんだ」と狼が口をききました。
「下水溝から入りこまなくちゃいけないんだけど、菓子でもベーコンでもソーセージでもいくらでもあるよ」
こぞうは、自分の父親の家を教えてやりました。狼は夜に下水から入り込んで、食べ物を存分に平らげます。お腹いっぱい食べて逃げ出そうとしましたが、腹が膨れ過ぎたので、同じところから出られませんでした。
こぞうは狼の腹の中で暴れるやら喚くやら大変な騒ぎを始めました。
「静かにしないか」と狼が言いました。「うちの者を起こしちまう」
「何言ってる。君は腹いっぱい食べたじゃないか、僕だってふざけるさ」と、ちびがやり返しました。
とうとう父親と母親が目を覚まし、隙間から覗いてみました。中に狼が見えたので父親は斧、母親は大鎌を持ち出してきました。
「おまえ、後ろにいなよ」中へ入ると亭主が言いました。「俺が一つぶっくらわして、それで死ななかったら、お前が鎌で腹を掻っ捌くぞ」
すると、おやゆびこぞうが父親の声を聞きつけて「父さん、ここにいる。狼の腹の中だよ」と叫びました。
父親は大喜びで「大事なこぞうが帰ってきた」と言って、こぞうが怪我をしないように鎌を使うなとおかみさんに言いつけました。
それから身構えて、狼の頭目掛けて一つ食らわせたので、狼はころりと死んでしまいました。両親は狼の腹をたち割ってちびっ子を引っ張り出しました。
「やれやれ、どんなに心配したことか」と父親は言いました。
「父さん、僕ずいぶん世間を歩き回ったよ。ありがたいな、またいい空気が吸えて」
「いったいどんなとこへ行ってきたんだ」
「野鼠の穴だの、牛の腹の中だの、狼の太鼓腹の中だの、いろんなとこへ入って、やっとうちにいられることになった」
「今度は世界中のお宝を積まれたって二度とお前を売らないよ」
両親はこう言いながら、かわいいおやゆびこぞうを抱きしめ接吻しました。それから、食べ物と飲み物を与え、着ていた着物は旅で台無しになってしまったので、新しいものをこしらえてやりました。
【ひとりごと】
困難に立ち向かう勇気と行動力、果敢に挑戦することの大切さでしょうか。
少しやり過ぎなところもありますが、どんなことでも自分にできることを考え、行動したいものですね。