『完訳グリム童話集(一)金田鬼一訳』その29
『手なしむすめ〈KHM31〉』
【あらすじ(要約)】
粉ひきの男は貧乏で、水車と一本のりんごの木しかなくなってしまいました。
森で薪を取っていると、お爺さんが来て「水車の後ろに立ってるものをくれるなら、金持ちにしてやる」と言いました。
それはりんごの木と考え、粉ひきは「いいですよ」と答えて、その男に証文を書きました。
すると男は「三年後に取りにくる」と言い、行ってしまいました。
粉ひきは帰ると、おかみさんが「お金が山のように入ってきたんだけど、どうしたの」と言いました。
粉ひきは「森で会った男が宝をくれると約束したから、代わりに水車の後ろに立ってるものをやると、証文を書いた。あのりんごの木ならかまわない」と答えました。
おかみさんは「それは悪魔で、りんごの木ではなくて、うちの娘のことだよ。水車の後ろに立って掃いていたんだもの」と言いました。
娘は、美しくて信心深い子で、その三年間、神様を敬い、身を慎んで暮らしました。
その期限がきて、悪魔が娘をさらっていく日がくると、娘は体をきれいに洗い、白墨で自分の周りに輪を書きました。
悪魔はやって来ても、娘に近寄れません。悪魔は腹を立て、粉ひきに「娘から水を取り上げて、体を洗えないようにしろ」と。怖くなってそのとおりにしました。
明朝、悪魔がまた来ますが、娘は両手を目にあてて泣いていたので、両手は穢れずきれいでしたので、悪魔はまた娘に近寄れません。悪魔は怒って粉ひきに「娘の両手を切れ。俺は娘に手が出せない」と言い、粉ひきは「自分の娘の手をどうして切れます」と答えました。
すると、悪魔は「言うとおりにしないと、おまえをさらっていく」と脅しました。
怖くなって悪魔に約束してしまい、娘に「おまえの両手を切らないと、私がつれていかれる。許しておくれ」と言いました。
娘は「お父さんのいいようにしてください」と言い、両手を差し伸べ切らせました。
悪魔はまた来ますが、娘は手首のない腕を目にあてて泣いたので涙で穢れず、さすがの悪魔も降参して、娘を奪う気をなくしました。
粉ひきは娘に言いました。
「おまえのおかげでお金を儲けた。一生大事にするよ」
けれども娘は「いつまでもここにはいられません。情け深い人たちは、私が必要なものはくれるでしょう」と言い、旅に出掛けました。
夜になり、ある王様のお庭に出ました。庭にある木には果物がなっています。でも庭の周りには堀があり、中に入れません。
娘はお腹がぺこぺこで、あの果物を食べたいと考えました。娘はお祈りをすると、天のお使が来て、堀の水門を閉めたので通ることができました。
果物は梨で、数が数えられていました。娘は近寄って、梨を一つだけ口を使ってかじりました。
園丁が見ていましたが、そばに天使が立っていたので幽霊だと思い、話しかける勇気もなかったのです。
娘は梨を食べ終わると薮の中に隠れました。
王様が明朝、梨の数を数えると一つ足りません。王様は園丁に聞くと、「昨夜、幽霊が入ってまいりました。両手がなく、口で梨を一つ食べました」と答えました。
王様は「幽霊はどうやって堀を渡ってきたのだ。どこへ行ったのだ」と訊ねました。
「白いお召し物の人が天から降りてきて水門を閉めたので、幽霊は堀を通れました。天使に違いないので、怖くなって人も呼べませんでした。梨を食べると元の道を戻っていきました」と園丁は答えました。
王様は「今夜はおまえのそばで番をしてみよう」と言いました。
暗くなり、王様は坊さんをつれてきました。
真夜中に娘が薮から出てきて、梨を一つ食べました。そばには白衣の天使が立っていました。
そのとき、坊さんが「おまえは神様のところから来たのか。幽霊か、人間か」と聞くと、娘は「皆から見放され、神様だけがお見捨てにならない憐れな人間です」と答えました。
王様は「たとえ、おまえが世界中の者から見放されていても、私は見捨てはしない」と言って、城につれていきました。
娘は美しく信心深いので、心底かわいがられ、銀の手をつくってもらい、お妃になりました。
一年後、王様は戦争に行くことになりました。お妃を母親に預け「お産の床についたら、世話をしてほしい。そして手紙がほしい」と頼みました。
やがて美しい男の子が生まれ、母親は手紙を王様に送りました。
ところが、その使いの者が疲れて休んでいると、寝込んでしまいました。
そこへ来たのがいつぞやの悪魔で、信心深いお妃を酷い目に合わせてやろうと考えていました。早速、使いの持っている手紙をすり替え、それにはお妃が醜い子を生んだと書きました。
王様は手紙を読むと、暗い気持ちになりましたが、自分が帰るまでお妃を大切にしてほしいと返事を書きました。
使いの者はその手紙を持ってひき返しますが、また前と同じ場所で寝込んでしまいました。
そこへ、また悪魔が来て、別の手紙をすり替え、お妃と子どもを殺してくれるようにと書きました。
母親は、この手紙が信じられないので、もう一度王様に手紙を書きました。そのたび悪魔が偽の手紙とすり替えるので、返事はいつも同じでした。しかも最後は、殺した証拠にお妃の舌と目玉をとっておくように書き添えてあります。
母親は悲しみ、牝鹿をつれてこさせ、舌と目玉を切り取っておきました。そして、お妃に「あなたを殺させる訳にはいきません。子どもをつれて遠くへ行きなさい。二度と帰ってこないように」と言いました。
母親は、お妃の背中に子どもを縛り、お妃は目を真っ赤に泣き腫らし立ち去りました。
お妃は森の中に入り、神様にお祈りをしました。すると天人が現れて、小さな家へつれて行きました。その家には「どなたにも無料のお宿」と書かれた看板がかかっています。
家から白い乙女が出てきて「ようこそ、お妃様」と言って、中へ案内しました。
乙女はお妃の背中から小さな男の子を下ろし、お妃の乳房にあてがって、乳を飲ませました。
寝台に男の子を寝かせると、お妃は「私が妃だったことをなぜ知っているのですか」と聞きました。
乙女は「私は天使です。あなた方の世話をするように、神様からつかわされました」と答えました。
お妃はこの家に七年間いて、世話を受けたばかりか、信心深いおかげで、神様のお恵みによって、切りとられた手首が元のように生えました。
王様はやっと戦場から帰ると、真っ先に妻と子に会いたいと言いました。
母親は泣き出して「あなたは何という悪人。罪もない二人の命を奪えとは何ということ」と言いました。
そして、悪魔のすり替えた二通の手紙を王様に見せ「私は命令通りにしました」と言いました。
証拠に舌と目玉を見せると、王様は泣き出しました。母親は「安心なさい。妃はまだ生きています。遠くへ行き、二度と戻らないよう誓わせました」と言いました。
王様は「どこまでもまいります。妻と子が生きていれば、いつか巡り会うことができます。それまで飲み食いはしません」と言いました。
王様は七年歩き回り、崖やほら穴を探しましたが見つからず、死んでしまったのだろうと思いました。
王様は、ずっと飲み食いしていないのですが、神様に生かされていました。
最後に王様は森へ入り、「どなたにも無料のお宿」と書いた看板がかかっている小さな家を見つけました。そのとき天使が現れて、王様の手を取り家へ案内しながら、「王様、ようこそいらっしゃいました」とあいさつし、どこから来たのか訊ねました。
「あてもなく歩いて七年になる。妻子を探しているが見つからない」と王様は答えました。
天使は王様に食べ物をすすめますが受け取らず、少し休ませてもらうだけでいいと言いました。王様は寝ようと思って横になり、自分の顔に布を掛けました。
天使は、お妃と子のいる部屋に行って「子どもをつれて出ていらっしゃいませ。殿様がおいでです」と言いました。子のことをお妃は〈悲しや悲し〉」と呼んでいました。
お妃は王様の寝ているところへ行くと、王様の顔から布が落ちました。お妃は「〈悲しや悲し〉、その布を拾ってお父様の顔へ掛けておあげ」と言いました。
子どもは布を王様の顔に掛けます。王様はうとうとしながら聞いていて、今度はわざと布を落としました。
子はお妃に「僕にはお父様はいないのでしょう。お祈りを習ったとき、お父様は天国にいて神様だと、お母様はおっしゃった。こんな山男みたいな人、お父様じゃない」と言いました。
これを聞くと王様は体を起こし「どなたですか」とお妃に訊ねました。
「あなたの妻です。これはあなたの子の〈悲しや悲し〉です」とお妃が答えました。
王様はお妃の本当の手を見て「私の妻は銀の手を持っていた」と言いました。
お妃は「神様が手を元のように生やしてくださったのです」と答えました。
そして、天使が銀の手を持ってきて、王様に見せました。王様は自分の愛しい妻と子であることがわかり、喜んで二人に接吻して「重たい石が胸から落ちた」と言いました。
それから、三人は城へ帰って行きました。
王様とお妃様は婚礼をやり直し、何不足なく楽しく暮らして大往生を遂げました。
【ひとりごと】
ここでは、神への忠誠・信心の大切さ、そして苦難に耐え希望を持ち続ければ道は拓けるということでしょうか。
私は朝晩、仏壇に手を合わせます。父が早逝したので、それ以来毎日。当たり前ですが。降りてはきませんが、守ってくれています。
でも、酷い粉ひきの父親ですね。子より我が身を守るとは。
私なら恨みますね。まだ修行が足りませんかね。