『完訳グリム童話集(一)金田鬼一訳』その34
『天国へ行ったしたてやさん〈KHM35〉』
【あらすじ(要約)】
天気のいいある日、神様が天国の庭を散歩なさるので、使徒と聖者の方々をお供にお連れになったため、天国には聖ペートルス様しかいませんでした。
神様は、留守中誰も入れないように言いつけてあったので、ペートルス様は御門のそばに立ち、番をしていました。
まもなく誰か戸を叩きました。ペートルス様が訊ねると「私は貧しい正直な仕立て屋です。中へ入れてください」と優しい声が答えました。
「正直ものか、首つり台にのぼる泥棒のようにな」とペートルス様は言い、「おまえは手くせが悪い、人の布地をじょきじょきハサミで切りとっている。おまえは天国へ入る代物ではない。神様は留守中に誰も入れるなとお申しつけだ」
「どうぞお慈悲を」と仕立て屋さんは声を張り上げました。「ひとりでに仕立て台から落ちる小布は盗みではありません。ご覧ください。足が悪いのです。ここまで歩いてきたので足に水豆ができています。もう戻ることはできません。どうぞお入れください。下々の仕事は何でもやります。子供たちを抱っこしたり、おむつの洗濯、腰掛けの掃除、破れた服も繕います」
聖ペートルス様はかわいそうになり、仕立て屋の骨と皮ばかりの体が入れられる分だけ天国の御門を開けてやりました。
仕立て屋は御門の後ろの隅に座らされ、神様が戻ったとき怒らないよう静かにしているように言われました。
仕立て屋は、はいはいと言っていましたが、聖ペートルス様が御門の外へ出た隙を狙って立ち上がると、天国の隅々を歩き回り調べました。
やがて、とある場所へ出ました。そこには貴重な椅子がたくさんあり、真ん中には宝石が散りばめられている総黄金づくりの安楽椅子がありました。これは他の椅子よりずっと丈が高く、金の足台がその前に置いてあります。
これは神様が座る安楽椅子で、ここから地上で起こることを見ることができるのでした。
仕立て屋は立ち止まり、しばらくその椅子を眺めていました。他の椅子より気に入ったからです。そのうちに珍しもの好きの虫が抑えきれず、腰を下ろしてみました。そうすると、地上で起こっていることが全部見え、小川のそばで洗濯をしている憎体なお婆さんがかおかけを二枚ちょろまかしたのが目に留まりました。仕立て屋はこれを見ると腹を立てて、金の足台を引っ掴むなり泥棒婆さん目掛けて天国から地上へ投げ落としました。けれども、その足台を拾い上げることができないので、仕立て屋は椅子からそっと下りて、御門の後ろの自分の居場所へ座り、どこ吹く風かというような顔をしていました。
神様がお戻りになりました。神様は御門の後ろにいる仕立て屋には気付きませんでしたが、自分の椅子に座ると足台がありません。聖ペートルス様に訊ねますが知りませんでした。神様は言葉を続けて、誰か入れたかと訊ねました。
「足の悪い仕立て屋の他には誰も入らなかったはずです。仕立屋はまだ御門の後ろにおりますが」と聖ペートルス様は答えました。
すると神様は、仕立て屋を呼び出して、足台をどこへやったかと訊ねました。
「これはこれは、神様」と仕立て屋はいそいそと返事をし、「あの足台なら私が腹立ちまぎれにどこやらの婆あ目掛けておっぽり出しました。婆あが洗濯の時、かおかけを二枚盗むのを見ましたので」
「おまえはけしからんやつだ」と神様が言いました。「私がお前のように裁いていたら、お前などはとくの昔に罰を受けておろう。そして、椅子も腰掛けも安楽椅子も、炉の火箸までも一つ残らず罪ある者に投げていたら、何一つ残っていないだろう。これからもう、お前は天国に留まることはできない。門外へ出ていくのだ。ここでは神の他に何人も人を罰する権利を持っていないのだ」
ペートルス様は仕立て屋を天国の御門の外へつまみ出さなければなりませんでした。
仕立て屋は破れた靴を履き、足が豆だらけでしたから、杖を持ち、兵隊さんがおみこしをすえて飲めや歌えやの大騒ぎをしている「ちょいと待って」屋のほうへ出かけました。
「ひとりごと」
神様に成り変わり、勝手に天国から罰を下す仕立て屋のお話ですね。
随分と私情が入った裁きです。仕立て屋が下す裁きだと、大半の人が裁かれそうですね。世の中、人は些細な罪を知らずに犯しているもの。
人が人を安易に裁くことは許されないということでしょうね。