『完訳グリム童話集(一)金田鬼一訳』その21
『ホレのおばさん』<KHM24>
【あらすじ(要約)】
ある寡婦(ごけ)さんに二人の娘がいました。
その一人は美しくて働き者で、もう一人は器量が悪く怠け者でした。
けれども、母親は器量が悪い怠け者の娘が本当の娘なのでずっとかわいがり、もう一人の娘は、家中の仕事を一人で引き受け、灰だらけになって働かなければなりませんでした。
かわいそうにこの娘は、井戸のそばに座らせられて、指から血が出るほどたくさんの糸を紡がなければなりませんでした。
ある時、糸巻きが血だらけになったので、井戸にかがみ、糸巻きを洗おうとしたら、井戸の中に落としてしまいました。
娘は泣きながら継母に話すと、継母は叱りつけ、糸巻きを拾ってくるように言いました。
娘は井戸端へ引き返し、どうしていいのかわからず、井戸の中へ飛び込みました。娘は気を失いましたが、気が付くときれいな草原にいました。草原には日が当たり、花がたくさん咲いていました。
娘がこの草原を歩いていくと、パン焼き窯のあるところへ来ました。パン窯にはパンが一杯入っています。
そのパンが大きな声で、「私を引っ張り出して。焼け死しんでしまう。もうとっくに焼け上がっているの」と呼びかけました。
娘はシャベルでパンを一つ残らず出してやりました。
それからまた、先へ歩いていき、一本の木のところへ出ました。木にはリンゴが鈴なりで、「私をゆすぶって。もうみんな熟しきってるんだよ」と娘に呼びかけました。
娘が木をゆすぶったので、リンゴは落ちてきました。娘は実が一つもなくなるまでゆすぶって落としたのをひと山に積み上げ、また先へ行きました。
娘はようやく小さな家の前に出ました。家の中からは、一人のお婆さんが覗いていましたが、そのお婆さんは大きな歯が生えていたので、気味が悪くなって逃げ出そうとしました。すると、お婆さんが後ろから呼び掛けました。
「私のとこにおいで。うちの仕事をきちんとしてくれるなら、幸せにしてあげる。私の寝床を直し、よくふるって羽毛が飛ぶように気を付けてくれればいいんだよ。そうすると、人間の世界に雪が降るのさ。お婆さんはホレのおばさんだよ。」
お婆さんは親切に溢れていたので、娘は思い切ってお婆さんの家で奉公することにしました。
娘は何でもお婆さんの気にいるように働き、いつでもお婆さんの羽根布団をふるい、羽根はまるで雪のように飛び散りました。娘はよく働く代わりに叱られることもなく、毎日ご馳走を食べて、楽しく暮らしていました。
娘はしばらくの間、ホレのおばさんのところにいましたが、生まれたうちが恋しくなってきました。ここにいるほうが何千倍も幸せなのですが、それでもやっぱり帰りたくなったのです。とうとう娘はそのことをお婆さんに話しました。
ホレのおばさんは、「おまえがうちへ帰りたくなったのは嬉しいことだ。本当によく働いてくれたから、お婆さんが上まで連れていってあげよう」と言いました。
お婆さんは娘の手をとって、大きな門の前へ連れていきました。
門が開かれて、娘が門の真下に立つと、黄金の雨が降ってきて、その黄金が残らず娘の体にくっ付き、体中が覆われました。
「それはおまえがとっておき。本当によく働いてくれたからね」と、ホレのおばさんは言って、井戸の中に落ちた糸巻きも返してくれました。
その途端、門が閉まり、娘は人間の世界へ、それも母親の家から遠くないところにいました。
娘は屋敷へ入ると、雄鶏が井戸の上にとまっていて「コケッコッコー、黄金のお嬢様のお帰りだよ」鳴きました。
娘はうちへ入って、母親のところへ行きました。すると、体中に黄金を付けてきたので、母親も妹もちやほやしてくれました。
娘は今までのことを話します。母親は、この話を聞くと、もう一人の器量の悪い怠け者の娘にも同じ幸せを授からせてやりたいと思いました。
怠け娘は井戸端に座って、糸を紡ぐことになりました。
怠け娘は糸巻いが血だらけになるよう、自分の指を突き刺したり、手を生垣の中に突っ込んだりしました。それから、糸巻きを井戸へ放り込んで、自分も飛び込みました。
この娘も、前の娘と同じようにきれいな草原に出て、同じ小道を歩いていきました。
パン焼き窯のところまで行くと、パンは前と同じように、「私を引っ張り出して。焼け死しんでしまう。もうとっくに焼け上がっているの」と喚きました。
すると、のらくら娘は「好き好んで自分の体を汚す者がいると思う?」と、返事して行ってしまいました。
まもなくリンゴの木のところへ来ると、「私をゆすぶって。もうみんな熟しきってるんだよ」と娘に呼び掛けました。
すると、ものぐさ娘は「私の頭の上に落ちたらどうするの?」と言い捨て、行ってしまいました。
娘はホレのおばさんの家の前まで来ましたが、大きな歯が生えていると聞いていたので、ちっとも怖がらずに、すぐにお婆さんのところに雇われてしまいました。
最初の日は、お婆さんの言うとおり、マメに働きました。お婆さんが黄金をたくさんくれるだろうと思ったからです。
けれども、二日目にはもう怠け出し、三日目にはもっとひどくなり、朝になっても起き上がろうともしませんでした。
ホレのおばさんの寝床を直すのは自分の役目なのに、その仕事をするでもなく、羽根が舞い上がるように羽根布団をふるうこともしません。
これにはホレのおばさんもうんざりして、奉公を断りました。
ものぐさ娘は大喜びで、いよいよ黄金の雨が降ってくるだろうと思いました。
ホレのおばさんは、この娘も門のところへ連れていってやりました。けれども、娘が門の下に立つと、黄金ではなく大釜に一杯入った黒いドロドロしたチャンをぶちまけられました。
「これが、おまえの奉公の褒美だよ」と、ホレのおばさんは言って門を閉めてしまいました。
ものぐさ娘はうちへ帰ってきましたが、体中一面にチャンがべっとり付いていて、井戸の上にいた雄鶏がこれを見て、「コケッコッコー、ばっちぃお嬢様のお帰りだよ」と鳴きたてました。
このチャンは娘の体にこびりついてしまって、一生涯どうしても取れませんでした。
【ひとりごと】
グリム童話にはよくある、働き者には幸せが訪れ、怠け者には罰が下るという話ですね。
そして、パンとりんごの木のお願い事も聞いてあげる。人には親切にしてあげることが大切ということでしょうか。
また、何より肝に銘じなければいけないのは、見返り目当てで行動してはいけないということですね。
見返りを求めずに、人には親切にして、ひたむきに働いて、そして家族を大切にする。そんな生き方をしている人はきっと幸せな人だと思うし、必ず幸せがふつうにやってきますよね。
(ヘッセン地方では、雪が降ってくると、「ホレのおばさんがお床を直している」と言うそうです)